毒ママを選んで生まれてきたらこうなった

生まれる前と胎内記憶のある毒母第3世代なつみ

毒母は夫の治療費もケチった 葬儀も仏壇も墓にもお金を出さない   

 

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父が亡くなって4回目のお盆(2021年8月現在)。
コロナでお墓参りもできていません。
てか
お墓
ありません!

父が「俺の墓は要らない。海に散骨してくれ」と遺言したわけではなく、コロナもなく時間もお金もあったのに、母が用意しなかっただけです。

生前、父は菩提寺に大金を寄進したため、墓地の中で気に入った区画を自分用に選ばせていただいておりました。
先祖のお墓参りの際には、その区画も掃除しながら私に
「俺の墓はここに建ててくれ」と。
しかし父は、墓石まで準備しておらず。(本来は生前に朱文字を入れたお墓を準備するのだそうです)
父亡き後、母がぐずぐずお墓を建て渋り、一年経ち・・二年経ち・・。
兄が訊いても、ぐずぐず・・よくわからない理屈をこねて、とうとうお寺の納骨堂に墓じまい
お墓建ててもないのに墓じまい
ぎゃはっ
笑い事じゃないのに笑うしかない

私が母から「墓は建てない」と聞いたのは、父が亡くなって2年以上も過ぎた頃でした。
つまりそれまでは、お仏壇に。
冷たいお墓に入れるの可哀そうとか、もっと一緒に居たいからとかじゃなくて。
兄はいつまで経っても遺骨を放ったらかしの母を目の当たりにし
「葬儀もお墓もケチる母は頭おかしいんじゃないか?」とようやく
私の【毒母サイコパス説】に耳を傾けてくれたのでした。(頑張って生きててよかったと思えた瞬間です)

父は心筋梗塞で急死したのですが、前兆がたびたび起きていました。
心配した父の友人が病院を勧めたので、仕事と発作の合間に自ら車を運転して病院(最終的には地域で一番大きい病院)までやっと辿り着いたというのに。
一刻も早い手術が必要だったのに、この時もぐずぐず母は父の手術を妨害していたのです。
愚図愚図・・漢字で書くと伝わりやすいかな。
その間、母は病院への付き添いを一度もしなかった
通院、検査、手術の書類のサインも父一人でやっていた。
一刻も早い手術が必要だったのに、費用を出し渋った、いや出さなかった
結果、手術が間に合わなかった。
重病人を放置するだけでなく、(他県でくらしている)私が電話で父を心配したときも
「大丈夫。あいつはおおげさ。心配なんかしてやらなくていい。放っておけばいい。放っておけ」と私にも放置を強要。
苦しがっている父を見て笑っていたことも。
更に、深刻な状況だと判っていたのに重労働をことさらやらせていたのである。
にもかかわらず葬儀の時には、自分の良妻ぶりをアピール
他人には無神経なくせに、健気な自分をプロデュースする神経。天才か!

私一人の時に本音をうっかり吐いた
手術代が高い!」というのが母にとっての最重要事項だったのは間違いありません。

それ、私の手術の時も言ってたっけ。
挙句の果てに「お金払いたくない」と私の手術に付き添わずに、手術がキャンセルされた事あったな。
名医だったから次の手術がなかなかとれなくて「悪性だったら命取り」って叱られたんだよな。↓

反省してないんだな。
毒母サイコパス断定!

母は葬儀代だけでなく仏壇の費用も出し渋ったようで。
兄が「(お金は)おれが出す」というと、事と次第がサクサクと進んだ、と後から聞きました。
葬儀も簡素すぎて「派手好きな父があまりにも可哀そうだ」と兄が落涙。
無事に葬儀が終えられたのは、兄のお陰でしょう。
私は葬儀の間ずっと泣いておりました。
半狂乱状態でした。
父と私は毒母の被害者同士、つい4か月前にやっと分かり合えたのに・・・。
15才の時に自死を選びそうになったあの時
「今以上につらいことはない」と踏ん張って生きてきたのに。
つらさはあの時以上でした。

母は私から
祖母(父の母)を奪い↓

↓私の人生も奪い

↓叔母(父の妹)を奪い
とうとう(やっとできた味方)父も奪った。

2017年11月
過去の悪事について正直に話してくれたら許そうと問い質したけれど・・・
嘘をつき、シラをきり、誤魔化し、他人に責任転嫁しました。

2018年
父の看病を真摯にするならばら許そうと思ったけれど・・・
それどころか父を救おうと必死の私の邪魔ばかり。

それでも・・2021年今日まで
父の死を悼み、心を込めて供養するのならば許そうと猶予を与えてきたけれど・・・
もう
許しません
↓母の供養の仕方が酷すぎて、あの世の父からSОS届きました

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