毒ママを選んで生まれてきたらこうなった

生まれる前と胎内記憶のある毒母第3世代なつみ

従姉も毒親育ち 身体がノーと言う とうとう難病に 助けたい

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第3世代の従姉Fちゃんは伯母(母の姉)の一人娘、数少ない心許せる親せきです。
具合が悪いとのことで、父の葬儀は欠席でした。
父の話はこちら↓

2018年初夏、体調が落ち着いたFちゃんと会えることになりました。
祖母家は田舎ですが、家はもっと山奥です。
誘い出してもカフェもなく、地元から離れた公園のベンチで話すことに。
「うちの母はいわゆる毒母ではないかと・・」と私がいうやいなや、Fちゃんは「私もよ!」と大号泣。
私は、唯一の【VS毒母】仲間である父を(仲間結成わずか4か月で)失ったことを慰めて欲しかったのですが、家の毒親問題も深かったようで・・。
堰を切ったように話し、そして泣くのでした。

Fちゃんは祖母家の長女で、強い責任感を持って下の兄弟の世話我慢強くやってきましたそれは結婚後も続きます。
人がいいと搾取される↓

祖母家において伯母は最年長なので、冠婚葬祭の出費はいつも高額でした。「長女だから一番多く出せ」と私の母が圧力をかけるのです。
家の経済基盤は親戚中で最も脆弱なのに、伯母は幼い頃から染みついた『責任感・世話好き・我慢』で、田舎の古いしきたりに縛られた理不尽な役割を周囲の要求通り果たしていました。
現実は、お金がないことによる喧嘩と愚痴と憤懣でFちゃんは一番の犠牲者でした。
伯母と同様に幼い頃から『責任・世話・我慢』を強いられてきたFちゃん
彼女も第3世代の中でも年長者だったので、過度に『期待模範』も要求され、何かと矢面に立たされました。
私たちはそれを見て学習し、避けることで田舎特有の不快指数を下げることができました。
まるで生贄のようでした。
それを今「子どもらしくできず苦しかった、辛かった」と泣くのです。
幼い頃に甘えることが許されなかったのに、与えられた義務や責任を果たし終え、いざ家を出られるようになった途端に親が甘えてくるようになったのです。
不満と絶望がどれほどのものだったか。

ネットで、同じような体験記事に『東京生まれ東京育ち』の方が「自由にすればいいのに」と低評価コメントしていたのを見て目が覚めました。
都会暮しの長い兄が、私に放った言葉と同じだったからです。 
東京の人と兄を批判する気はなく、むしろその思考が自然にできることが大事なのだ、とやっと気付きました。
毒親育ちは『生まれてから今までの洗脳』で、その思考力すら破壊されていますからね。(脳科学では、毒親育ちは脳へのダメージがあることが証明されています)
「自由にすればいい」
そうなんですよ。
でも・・毒親育ちだからこそできませんでした。
思考だけでなく身体機能をも狂わせてしまったから病気なってしまったのだ、というと毒母@第2世代たちは全力で否定するでしょう。

自分を後回しにする癖や自己否定のせいか?
「 NO」と言わなかった代わりに身体が「NO」と言っているのか?
(参照『身体が「ノー」と言うときー抑圧された感情の代価ー』)
とうとう難病に。
血小板減少性紫斑病・・・初めて聞く自己免疫疾患です。
ネットで調べようとしてもWi-Fiのない田舎。
Fちゃんのネット環境を聞いたら
スマホ・携帯なし」
「AⅮSL」
「ケーブル繋いでる間は電話機が使えないから親に怒られる」と。
そして「家を出て自由になりたい」と、賃貸情報誌を購入して調べているのです。
最新の情報が無料で手に入る時代なのに!という有様です。
そもそも電話機が使えないって・・
使わない時間の方が多いはずなのですが、電話代がもったいなくて使わせてもらえないんですね。それくらい経済的に困窮して心理的ゆとりもないのです。

山奥からの病院通いも大変そうです。
家から原付で駐輪場のないバス停に。
バス停近くの民家に駐輪料払って置かせてもらい、バスで町中に。
更に歩いてやっと病院。
再就職もままならない身体で、それでも職安に通うFちゃんに失業と難病手当受給(その申請も大変なんですが)を勧めたら、それも断り
「手当は寝たきりの働けない人のものだ。自分の力でできることはする」とあきれるほど真面目なのです。

とにかく、早く家を出て気分良く過ごしたら、病気も改善するかも!と本人も出る気満々だったので、交通費の足しにと手紙にお金を添えて渡したのですが、次に会った時、そっくりそのままの額の図書カードを手紙に紛れて「お礼」と言って返されてしまいました。
・・・
毒親育ちは、律儀です。

問題のある会社学校からは離れやすそうですが、親子となるとずっと難しい、、というのは私自身よく分かります。
でも、まだ間に合うかも!・・と希望を持っていたのですが。

他県の私とは頻繁に会えませんが、ネットで調べた情報を手紙で知らせる、本を送る、というアナログなことをやってるうちに、コロナ前の貴重な時間がなくなりました。
そんな中で、貰った手紙に『血小板が一万に下がって・・・』『紫斑も出始めた』とあったので、すぐに電話しました。
その体調で、感染者の増えた街中へ出るのはますます無理に。
ネットを見られない彼女は世の中がどうなっているのか、自分の病気がどの程度なのかあまりわかっていないようで(もちろん医学の知識のない私も判りかねるのですが)
「終の棲家を探すためのとりあえずの居場所を探す」
「仕事みつかるかなあ」
と言ってるかと思えば・・・
「心休まることは一時もない」
「生きてあの家を出られるのかな」
「最期くらいは穏やかにすごしたい」
と切羽詰まった覚悟も口にするのです。
もう「毒親から離れて自由になろう!」と言いたいけど、一人にしておけなくなりました。

父を失ったばかりというのに、今度はいちばん胸の内を語ることのできる従姉が大ピンチです。
今・・私に何ができるのだろう。

『身体が「ノー」と言うときー抑圧された感情の代価ー』
医師であるガボール・マテによって書かれた素晴らしい本です。
成長過程
無意識抑圧された感情
身体への影響
精神神経免疫学』の観点から書かれています。
具体例として、強皮症、リウマチ、潰瘍性大腸炎、全身性エリテマトーデス、多発性硬化症筋萎縮性側索硬化症(ALS)、アルツハイマー、がん等。
本書では、実際の症例とともに問題のある環境から離れたら症状が好転した例もあります。それが救いです。