毒ママを選んで生まれてきたらこうなった

毒母第三世代。毒母サバイバー888(はちみつ)の体験記

20 毒母育ち 中卒で働いた 1

  • 授業料は結婚相手に出してもらえ、と毒母に。

  • 授業料のお安い公立高校に落ちたので、15歳で働いた。

  • 中卒はいろいろ不利な世の中。

 

「よその家に嫁ぐ人間(私888)に一円も使いたくない」がスタンスの母の望みは、私の結婚相手に今後の生活費を出してもらうことでした。

結婚相手がいないのに無理な話です。

時は1980年代後半。テレビ界はアイドル全盛期で、明菜ちゃん、聖子ちゃん、チェッカーズなどに夢中になるお年頃。そんな15歳に結婚て・・・。

 

受験勉強よりも内職して(2枚貼って1円を稼ぐシール貼りとか)小銭を稼いでいた中学時代も終わり、スーパーの総菜屋2店でバイトをやることに。

店は時給500円。Bはお昼の賄付きで時給460円。

初めのうちは見習いだからと、もっと少なかったです。

中卒なので正社員にはなれず、ただのバイト。

 

店長は優しい人でしたが、Bは今でいうブラックでした。

B店長の奥様もたまに手伝いに来ていましたが、要領の悪い人で、失敗ばかりするのです。

その失敗で私がいつも叱られていました。奥様は知らん顔。

言い訳すると、店長は「中卒人のせいにするな」といっそう私を叱りつけました。 

 

稼いだお金で、専門学校に行って、もう少しいい職業に就きたいと思いました。

地元の大きな専門学校に足を運んでみました。

もちろん親が連れて行ってくれるわけもなく、電話帳と地図片手に、自分で自転車こいで行きました。

 

ご存知?

専門学校って、義務教育終えてるだけじゃ入れないんですってよ!

専門学校で掃除してた人が、実に気の毒そうに「高卒じゃないと入れないよ。お嬢ちゃん・・高校は行っておいた方がいいよ」って。

 

慌てて、卒業した中学に相談に行きました。

担任だった先生と、体育の先生と保健師さんが一緒に考えてくれました。

先生たち、ちょっと泣いてた

「かわいそう」「あなたのお母さんはおかしい」って。

私には泣いてる暇もなく、ぎりぎりの日程で書類を準備し、担任だった先生(普通は親だと思う)が、定時制高校の手続きをやってくれて、どうにか春から高校生になることができました。

 

定時制って、夜間行く高校なんですよ。

昼間働いて、17時から21時半くらいまで授業があります。

掃除して学校出るのは22時くらい。

夜は危ないから、皆、お迎えが来ていましたが、私は一度も来てもらったことはありません

全ての道に街灯があるほどの都会でもなく、今みたいにコンビニがあちこちにあるわけでもない道のりを自転車で30分。

お陰で、車に追いかけられたり、危険な目に何度か遭いました。

 

父は私に私立高校を勧めてくれたのですが、母が飛んで来て全力で妨害するのです。

「この子が自分で決めて定時制行きたがっている。そうよねっ?そうなのよ!」と、もはや私に喋らせる隙を与えてくれません

父の居ないところで、「私立は授業料が高いからだめ。うちはお金がない」と泣き落とし

「自分が決めたと言ってよ」と強要してきました。

そして「この事はしゃべるな。私が皆に叱られる」と口止めをしました。

 

母の言う通りにしました。

 

は、「定時制だなんてみっともない。俺がをかく。俺の前に現れるな」こんな感じでした。

定時制を悪く考えているわけでなく、中二病だったころの発言。気を悪くされた方、すみません。後に彼も謝罪してくれました)

 

真冬で寒くてコートもなかった時に、の服(それでも、ぺらぺらのカーディガンですが)を借りたりしました。

入学当日は、親子面談があったのですが、父は仕事、母は暇なのに拒否

が父兄として来てくれました。

その召集プリントに『ご父兄の皆様へ』とあるのを見て、兄は無邪気に「ほら、見て。兄でもいいんだ。俺が行くよ!」と。

兄の優しさが、どれだけ嬉しかったことでしょう。

この時のことを思い出すと、有難くて有難くて今でも涙が零れます。

家族で、普通に接してくれていたのは兄だけでした。

 

余談ですが、天国で魂が繋がっていた、というだけで、こんなにも違うんだなあと感じてました。参考↓

dokuhahadai3sedai.hateblo.jp

自転車30分こいで帰宅してやっと晩ご飯。

家族が食べた残りばかり。「アンタは学校で食べてるでしょ」ってあんまり残しておいてくれなかった。温めてもくれないし。

「お腹すくから、学校行く前に夕食食べたいんだけど」とお願いすると、「はあ?アンタのためになんで」と当然拒否

 

学校に行ったらパンと牛乳が出ます。

育ち盛りだからすごく有難かった。(県立でしたので、県の配慮に今でも感謝しています)

余ったら貰っておいて、翌日の昼食にしました。

でも母に見つかって、自分が食べるのを我慢して差し出したこともあります。

もっと貰ってきてよ」とも言われました。

さすが毒母、言うことが違います

 

近所の人が、888ちゃんが可哀そうって同情してくれるのですが、母は「ウチにはお金がない」の一点張り。

私が一人の時を見計らって、「どうして皆がアンタの味方するのかわからない!腹が立つ!」といつもイライラ。

私が同情されればされるほど、母から意地悪をされました。

だから対外的には、努めて明るく楽しい定時制ライフを装うようにしていました。

同情するなら金をくれ」ってTVありましたよね。

そんな感じ。同情なんて・・・むしろ私には、不利な状況にしかならなかったです。

毒母って、学校のいじめっ子と同じですからね!

 

家よりもブラックB店の方が、少ないけど時給とご飯もらえる分まだマシな感じでした。