毒ママを選んで生まれてきたらこうなった

生まれる前と胎内記憶のある毒母第3世代なつみ

生まれる前(中間生)と空の上で親を選んだ記憶。その結果

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生まれ変わりを理解していた幼少期

8歳のとき、空の上でのことを伝えたくて漫画を描きました。
生まれ変わりは、タイミングがうまく合えばいいのですが、これがなかなか難しくて、、というお話。
「もう一度、同じ家族の元に行きたいけれど、無理(出産できる女性がいないなど)な時は、親戚や近所に生まれてくることで、同じ家族の近くに戻ったりするの。その時、なにか目印を持ってくるといいんだよ」
みたいなことを説明してました。
アザやほくろ、誕生日などの数字を目印にするのですが、うまく描けなくて。
母は「ばかみたい!」って大笑いし、一生懸命説明しても聞いてくれません。
「私たちもそうなんだよ。空からママを選んできたよ」って伝えたら喜んでくれると思ったのですが。
・・・もう全然。ボロカスに言われました。

空の上の話は、言ってもわからない、言っちゃいけない話なのかなと思い、だんだん言わないようになりました。

そんな・・・ずっと言えなかった話です。

生まれる前(中間生)の記憶

前世が終わって今生までの間を中間生と言うのだそうです。
中間生での仲間(今生では)と交わした会話を覚えています。

空の上では、のような存在でした。
今生の『』というものかもしれません。
幼い頃は、それをどう表現したらいいのかわかりませんでした。
そもそも人の姿でない・・・男か女かもわからない存在。
顔は見えなかったので表情はわかりません(私が覚えていないだけかもしれません)が、感情を感じることはできました。
対話はテレパシーのような感じで交流していました。
漫画の吹き出しでいうと

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雲間から下を覗き、仲間を「早く来ないかな」と待っていました。
だれかに「こことは時間の流れが違う。すぐ来るよ」と教えられました。
そのだれかは、ぼんやり姿があるだけで、何者なのかわかりません。
空の上なので、神さまとかご先祖さま、そんな言葉がぴったりな感じの長老でした。
長老・・長い間、君臨しているっぽい雰囲気の存在でした。
一方私たちは、幼い感じの存在でした。
中間生記憶のある人たちがよく言っている「空の上で、赤ちゃんだった」という表現がよく理解できます。

仲間が、下界からひょいっとやって来て、私たちは再会しました。
その時の会話です。

私 「また向こうで私のこと忘れてたね」
仲間「あーごめんごめん」
私 「前もそうだったから、あんなに約束したのに!」
仲間「うーん、なぜか忘れるんだよなあ」
私 「もう一回一緒に行こう。今度こそは忘れないでよ!」

空の上でママを選んだ記憶

写真のような選挙ポスターのようなものに上半身笑顔の女性(叔母)が写っているのを見て決めました。
最近ので言うとプロジェクションマッピングみたいな。
おそらく人生で最も美しいころの姿でしょう。
ちなみに写真の背景はブルーでした。

仲間)はを、叔母(父の妹)を選びました。
パッと見、美人の母にはトゲのあるような美しさを感じましたが、叔母はかわいかった、ので私は迷わず叔母を選びました。
一緒のところに行きたかったのに、お互いに「その女は絶対いや!」と頑として譲らず言い争いに。
話し合いは平行線のままで突然、雲間から下を覗いた仲間が
「あっ!あの子が来てる!早く行かなくちゃ間に合わなくなる」と慌ててパッと飛んでいってしまいました。
一緒に行きたかった私もつられて、仲間を追いかけました。
例のだれか(神さま?)に「お前はまだだ」って制止されたのに振り切りました

で、今生はこうなった

兄の誕生から一年半後(出産の間隔が割と短期なことを示しています)

私は推しの叔母ではなくのもとに。

実際は、叔母の第一子は更に数年後にようやく誕生しました。
あの時「まだだ」と制された理由も腑に落ちます。
そして
「ゆっくり身体を休めたかったのに。なぜすぐ、アンタができたのかわからない!」
とよく私をなじりました。
まるで空での経緯を見通したかのよう・・・怖いです。

1歳半の兄がベビーベッドの私をのぞくと、うれしくて「ああ、約束通りまた一緒。〇ちゃんって男の子なんだね。ここはどう?」と宇宙語(?)で情報交換。

「ここはどう?」って・・・探(さぐ)りを入れるあたり、なんだかバクチ的な選択だったのかな。

私と兄の初対面について母に聞いてみたら
なにやら「ばぶばぶ」「キャッキャ」まるで話しているみたいだった・・・とのことでした。

まるでって・・・本当に話してたんですよ
覚えていますとも。

生まれる前の弟の魂と会った話

弟がまだお腹にいた頃、不思議な光景を見ました。
大きなお腹の母がソファに深く座ってテレビを見て笑っています。
兄と私が傍でウロウロして遊んでいます。
その時、母のヘソあたりから、にゅーっとモヤ(白っぽい半透明な感じ)が出てきたのです。
そこには顔がありました。目と口は覚えていますが、輪郭はありませんでした。
そのモヤが私の目の前に来て
「だれ?なんだおまえ。おまえなんか知らないぞ」とそっぽを向いて、母の顔へすーっと行ってしまいました。
そのモヤは母の頬にすりすりしながら「ママー。早くあいたいよー」と。
母はモヤに気付いてないものの、満面の笑みを浮かべています。
でも私には侮辱的だったので、嫌なやつだな思いました。
兄に「今の見た?」と聞いても「?」兄には見えないようでした。

「おなかの子は男の子。仲良くなれそうにない子だった」というと母は
「フン。勝手に決めるな。男か女か判るもんか」と。
信じてもらえないよりも、モヤに「だれ?知らない」と言われたことの方がショックでした。
しかし今思うに、私の方がうっかり勝手に家族の一員になってたわけで。
モヤが気を悪くしたのは当然だったのかもしれません。
恐らく彼も空の上で、母を選んだのでしょう。
会いたがってたくらいだから、前世からの縁かもしれません。

なぜ兄弟間差別が酷かったのか腑に落ちた

小金持ちとして大事に甘やかされ、だけは貧乏人として厳しく育てられて辛い人生を歩むことになった発端が『vsなのも選択≠実行にあるのかもしれません。
ママを選んで生まれる』というの、あるにはあるけど・・・それに伴う運命まで選んだわけでもなさそうでした、私は。
私の場合は完全にしくじったパターンではないかと思われます、、、。
兄と言い争っていて十分な下調べもせずにフライング、なおかつ選んだ人でないところに来てしまった結果なのだと、折り合いをつけて生きてきました。
ここに生まれて来たのを失敗したなあと悔やみつつ・・・。

生まれる前のことを伝えたくてたまらない

生後すぐ生まれる前のことを伝えたいのにダミ声しか出ず、眠るたびに記憶が薄れてゆくのがわかり焦りました。
どうにか声が出せるようになっても語彙が少ないので、上手く空の上のことを伝えられませんでした。
あの時、白いモヤモヤの下から兄がやってきたから、空の雲の上にいたのだろうと推測した私の話し始めは「空の上では・・・」でした。
ひとつひとつ言葉を覚えるたびに詳細を兄に語るようになりました。

ところが!
4歳の頃に、兄(5歳半くらい)が「何のこと?」と。すっかり忘れてしまっていたのです。
そしてとうとう「うるさい!今度空の上の話なんかしたらぶん殴るぞ!」と。
またしても!前世と同じ轍(てつ)を踏んじまいました。

ややこしいのですが、生まれる前の会話で「前もそうだった(約束したこと忘れちゃった)から」といってたくらいなので、前々世も同じような展開だったのでしょう。


は「双子か!」てくらいそっくりといわれ続けました。
その一方で叔母を慕うは、叔母そっくりともいわれるようになりました。
叔母≒私≒兄なのに、「兄は叔母にそっくり」と誰もいわないのが小さい頃から謎でした。

母は長男跡取りということで、「兄ちゃんとママは相性がいい」と溺愛しました。
さらに母は、私たちが幼い頃から、叔母を「世界一嫌いな人」と呼び、悪口を刷り込みました。
結果、叔母の相性は悪くなり早いうちに交流が途絶えました

一方私は、叔母の主宰する習い事が大好きで(もちろん叔母も)、いろいろなことを学ばせてもらいました。
本来受けるはずだった母親の愛の代わりに、私だけは特別に叔母から無償の愛を受け続けました。(ただし14歳のとき母から奪取されます)
常に『感謝』『真心』を軸とした教育を受けていたため、母の刷り込みは成功しませんでした。
逆に母を諭すようになった私は「世界一嫌いな叔母そっくり」と言われ、なにかといじめられました。
母に好かれようと、それこそ赤ちゃんの時から努力してきましたが無駄で、
の相性は最悪でした。

それぞれ
空の上直感した通り人間関係が築かれました

「あの子が来てる」「間に合わなくなる」のシンクロ

私にフライングさせるほど大慌てで飛び立った兄のセリフですが。
30年後に謎が解けました。
あの子と出会って結婚しました。
10歳年上でしたが、間に合ったようです。

当初、年の差と実家からの距離などを理由に家族は大反対しました。
しかしあの時飛び立ったのは(大げさにいうとこの世に来たのは)この運命のためだ、と腑に落ちた私は、反対なんかしても無駄で、このまま話は進むだろうと思いました。
その通りになりました。
冒頭のストーリーにもあったように、目印は誕生日でした。
兄が◆月◎日生まれで、あの子は◎月◆日。
微妙なシンクロですが、慌てなければきっちり調整できたかも・・です。

生まれながらの記憶が、夢や空想でなかったと思いなおす出来事でした。

数奇な運命を予言した霊能力者

母の世界一嫌いな叔母(父の妹)が、とある山奥の霊能力者から『叔母数奇な運命の話』を聞いたそうです。
私はその話を、29歳で再会したときに叔母から聞きました。
叔母は「たくさん言ってたから・・この子は・・この子の運命は・・」と言い淀みつつ「普通の運命ではない・・よく覚えていない」と言いにくそうでした。
叔母の事業を私が手伝うのはどうかと霊視してもらったら
「一緒にできたらいいね。できたらいいけれど・・」と答えたそうです。
「いいけれど・・」って。

「・・」には「できない」って言葉が見え隠れしていたので二人の間に気まずい沈黙が流れました。

後にその計画は、毒母ぶち壊されました。
毒母が四方八方にデマをかまし、私は再び叔母との復縁を切られる羽目になったのでした。

その霊能力者に直接いろいろ聞いてみたいと思ったのですが、県外で公共交通手段のない辺鄙な山奥とのこと。
また、かなりのご高齢で職業としてやっているのではなく、善意で相談に乗っているだけ。
叔母とは義理の親せきであったから相談が叶ったとのこと。
それでも日本全国から来訪者が後を絶たない、というお方でした。
このお方から早くアドバイスをいただいて最善を尽くしていれば、もう少し不幸度も低かったかもと思うのですが。
ご縁がありそうで繋がらなかった、これもまた私の運命なのかもしれません。

もういちど

もういちど、母に話してみようかな
今なら
空の上でママを選んだこと、聞いてくれるかな
でも・・・うっかり
「もうすぐ行(逝)くから分かるよ!」って言ってしまいそうです。

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お読みくださりありがとうございました。